大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和44年(ネ)739号 決定

申立人 小木曽美好

右代理人弁護士 岩越威一

岩越平重郎

被申立人 大島日出弥

右代理人弁護士 竹下伝吉

出田利輔

主文

本件訴訟手続受継の申立を却下する。

理由

申立代理人は、被申立人をして被控訴人大島ねの訴訟手続を受継させる旨の決定を求め、その理由とするところの要旨は

「被控訴人大島ねは昭和四三年四月九日死亡し被申立人はその養子であって唯一の相続人である。もっとも被申立人は昭和四三年七月三日家庭裁判所に対し相続放棄の申述をなし同月一〇日受理されているが、被申立人のなした右相続放棄は無効であり、少くともその効果を申立人に対し主張しえないものである。すなわち被申立人は被控訴人大島ねの承諾があったかのごとく装い被申立人の申立人に対する昭和四一年五月二六日付金一〇〇〇万円弁済期間昭和四二年一一月二五日利息年一割五分遅延損害金年三割、利息の支払を怠ったときは何らの手続を要せず当然期限の利益を失う約定の消費貸借契約につき連帯保証契約をし、かつこれを担保するため本件不動産につき抵当権設定契約をし、更に弁済期に履行なきときは右不動産の所有権を前記貸金債務の代物弁済として取得しうる旨の代物弁済の予約をし、抵当権設定登記および所有権移転請求権仮登記を経由した。被申立人は被控訴人大島ねを相続することにより、右代物弁済の予約や抵当権設定契約や同登記を当然追認したことになることを回避するため右相続放棄をしたものであるが、被申立人の右相続放棄は公序良俗に反し社会正義の理念にもとり、申立人に損害を加えることのみを目的としてなされたものであるから権利のらん用であって無効である。仮に然らずとするも特別の場合に相続人の債権者の立場を考慮し相続の放棄は絶対的に相続人の自由だとする固定した考えを修正する破産法第九条、第一一条は本件の場合類推適用されるべきである。」というのである。

よって按ずるに被控訴人大島ねが昭和四三年四月九日死亡し被申立人はその相続人であるが、昭和四三年七月三日家庭裁判所に対し相続放棄の申述をなし同月一〇日受理されたことは当事者双方の一致した陳述によって明らかであるから、被申立人は被控訴人大島ねの訴訟手続を受継ぐに由なく本件訴訟手続受継の申立は理由がない。申立人は被申立人のなした右相続放棄の申述の効力について種々論難するけれども、元来相続の放棄はこれをなすと否とは相続人の一身専属的権利としてその自由意思に委ねられているのであってそれはもっぱら被相続人の債権債務の承継を欲しない相続人のための制度であり、放棄の結果被相続人の債権者に不利益を与えることがあってもそのことのためになんら制限されるものでないことからみて、被申立人の本件相続の放棄を目して直ちに公序良俗に反し社会正義の理念にもとるものとはいい難くまた権利のらん用であるということもできない。また申立人は破産法第九条、第一一条を本件の場合に類推適用すべきであると主張するけれども、右法条は相続人破産の場合に破産債権者を保護するために特に設けられた民法の特別規定と解され、これを本件の場合に類推適用するのは相当でない。

以上の次第で本件訴訟手続受継の申立は理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡本元夫 裁判官 丸山武夫 土井俊文)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例